中学2年の時にユーラシアを買ってもらって高校を卒業するまでは、ちゃんと(?)自転車に乗っていましたが、6年間の大学生活はまるっきり自転車から離れていたと言っても過言ではありません。
こんな遊びに夢中でした。
排気量50CCのミニバイクでレースしてました。当時一緒に走っていた連中の中には、世界チャンピオンまで登りつめたライダーもいます。鎖骨骨折の憂き目に出会ったのもこの頃でした。
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大学卒業直前に、同級生がMTBを買ったことから自転車熱が再燃。彼女(現女房)もMTBを買ったことで、ユーラシアは復活し、さらに自分もMTBをゲットしました。
スチールフレームの軽量(当時はです)XCモデルでした。この状態で11kgは当時でも軽いバイクでしたです。
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結婚後、女房の出産でちょっとお休みでしたが、それまでは2人でそこいら中走ってましたです。ある日サイスポを見てTREK FUELに一目惚れ。女房の許しを得て、速攻ゲットでした。
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買った状態からの変更点は、ブレーキをXTのハイドロディスクにしたこと。オフセットシートピラーでサドルを引いたこと。クランクを勢いで買ってしまったRACE FACEにしたことくらいでしょうか?ISISのBBが緩みまくる以外これといって不満はありませんでした。

突然目覚めだしたロード熱。買ったのはCARERRA Shield。スチールラグ付フレームというのに逝ってしまいました。コンポはカンパのケンタウル。ホイールは1点豪華主義のカンパユーラス!大台ヶ原決戦用に、シートピラーとサドルをエイリアン+アスピデアローヘッドに交換した仕様です。サドルが軽いとダンシングがとても楽です。
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そんなこんなで自転車にどっぷり浸かっていました2005年、勢いでエントリーした王滝で玉砕し、これまた勢いでスカルペルを買ってしまいました。かわいそうに4年間遊んでくれたFUELは下取りに出されてしまいました。
スカルペルにデフォルトで付いてきたブレーキはマグラルイース。マグラのレバー形状が合わない僕は店に転がっていたXTRのデュアルコントロール&キャリパーをインストール。ちょうど店長はルイースを欲しがっていたので、レバー&キャリパーはアップチャージ無しの太っ腹!ついでにリアメカはスラムX-8からXTRのローノーマルに交換しました(これはさすがに有償)。
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一方、本来のランドナー乗りとしての本分も忘れてはいません。
ユーラシアグランツーリングは再塗装され、クランクも165mmなんて乗れないので、オークションでTAシクロツーリストの175mmをゲット。メカも昔からの憧れだったR:サンプレックスSLJ & F:ユーレージュビリーをゲットしました。
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ある日のこと、ショップの店長から“ケルビムの買い取り車5000円でどう?”というメールが。。。サイズはユーラシアと同じ。速攻ゲット!ケルビムに送って再塗装後、ユーラシアのパーツを移植し、僕の勝負パンツとして走り出すことになりました。
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というわけで、今の僕の自転車は3台です。
だけど、注文中の決戦用カーボンフレームが1本と、勢いで買ってしまった中古ロードフレームが2本。身ぐるみはがされたユーラシアに、仲間のおじさんが乗ってらしたというトーエイフレームが1本。
う〜ん。。。。増えていく気配満点ですう。
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とうとう、自分のツーリング車を手に入れた僕は、初ツーリングに出掛けることにしました。見知らぬ土地に行くのは、歳に関係なくワクワクするもので、当時もかなりワクワクしていたのでしょう。朝御飯を食べながら“車に気を付けて、水分補給はきちんとしなさい。スピード出さないように!”という母の言葉を何度聞いたことか。
行き先は一番近所にある“峠”を越え、川沿いを戻って来るわずか40km程度のコース。とは言うものの、“〜峠”と名の付かないピークがもうひとつありこちらはダートなので実のところ“峠”よりもしんどいのです。このダートのピークはセミドロップ車でも通ったことのある場所ですが、セミドロップ車では押したのに、ユーラシアでは押さずに登り切れてしまいました!さすが!
さていよいよ“峠”へハンドルを向けますが、ダラダラと登り坂が続きます。途中で上から下ってきたサイクリストに、ドキドキしながら“こんにちは!”とあいさつを交わします。今だったらロードで一気にばっきゅんと上ってしまう峠ですが、当時は“世界で一番きつい坂に違いない”と信じてペダルを漕ぎました。切り通しを抜けると勾配は一気に緩くなり、道を吹き抜ける風がたまらなく心地良よかったです。

裏白峠のピークはもうすぐそこでした。
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暫くは、僕の自転車趣味の履歴をとか思ってたのですが、セピア色の写真ばっかじゃ悲しいので、今日は、最新のネタを。

詳細はそのうちアップすることになると思いますが、去年王滝の決戦用にとスカルペルをゲットしました。納車は2005年12/28でした。
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丸1年が経って、今日の朝練中に前後ともサスの動きに妙な違和感がありました。フロントはコツコツした感じが大きい!リアは動くには動いているけど、初期のショックが少し大きくって、戻りもワンテンポ遅れているような感じがしました。基本的に僕はとっても鈍感なので、“気のせいなんやろうなあ”とか思いつつも、tanda君に聞くと“フロントはダンピングいじってるんとちゃう?”なんていわれてしまいました。そんなとこさわってないがなと一応チェックすると、ありゃ?いつもより3ノッチも効いてる!犯人はうちのチビでした!普段は6ノッチ目にしてるんですが、レフティーは7と8の間でグググッと硬くなるんです。
リアはというと、tanda君ニヤリと笑って“リンクかもね”とばらし始めました。
スカルペルは、カーボンのしなりを利用したソフトテール的なメカニズムなのですが、3個所あるリンクのうち、シートチューブのリンクだけがニードルベアリングになっているらしくって、こいつが固まりやすいのだそうです。初耳やっちゅうねん!
開けてビックリ、驚愕の事実が!

このリンク部分を外します。
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なんじゃこりゃ?錆さび?
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中のニードルベアリングも錆さび。
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研いてもこれが限界。もうすでに虫くい状態です。
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とりあえずはニードルベアリングもオイルで必死に洗浄して、ガス臭いモリブデングリスを塗って元に戻しましたが、こういうリンク部分は定期的にメンテしないとあきませんね。今回他のリンクは触ってないですけど、一回ばらしてみようと思いました。
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今でも “あんたが口に出して物をねだったのはあの時だけやね”と母にいわれます。信じられないかもしれませんが、僕は、今まで父に“〜買って”と言ったことがほとんどないらしいです。“買って欲しい”という気持がびんびん伝わってくる発言は、数限りなくあったそうですが。。
この“あの時のおねだり”、それが、ぼくにとって初めてのスポーツサイクルである“BSユーラシアグランツーリング”です。最初は、自分でアルバイトして買おうと思っていたのですが、さすがに中学生は雇ってくれませんで。。。でもどうしても欲しかった僕は、禁断の一言を口にしたわけです。
“¥69,800”という価格を告げた時の父の反応は完全に“!!!。。。???”という感じでしょうか?
父と自転車屋へ行くと、父は開口一番“何でユーラシアちゅう自転車はこないに高いんか?”といった疑問を店主にぶつけ、“クロモリちゅう軽い素材使ってるさかいに”という応えに納得したのかしてないのか。。。。ともあれ、3週間程後の日曜日、軽トラックに積まれたユーラシアグランツーリングが我が家にやってきました。父はとりあえず自転車を持ち上げ、“さすがにクロモリは軽いのお”と感動したのでした。本当はあと3万円高い“アトランティス”が欲しかったとは決して言えなかったっす

しかし、町の自転車屋にはやられました。
“キャリア、サービスで付けときましたさかいに。”
あ〜あ、チェンステー傷傷やし。。。

かれこれ25〜26年前の話でございます。m(__)m
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(写真はイメージです)
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現在、趣味の自転車熱が炸裂しています。
今日、仕事帰りの電車の中で、ふと思いました。いつから自転車好きなんだろう。。。
僕がスポーツ車に乗り出したのは、中学2〜3年の時だったのですが、今のツーリングに対するイメージというか、こういうのが好きというのはそれより遡る事4〜5年、小5か小6の時の山サイだったと断言出来ます。
当時乗っていたのはセミドロップハンドルのいわゆるジュニアスポーツ車でした。普段遊びにいっていた山の中に広場がありまして、ここまではしょっちゅう入っていました。ここからさらに林道が奥に続いていたのですが、何故か誰も先に進んだ事はなかったのです。春休みのある日、同級生2人とパンと水筒を持って先に進んでみました。ほんの1km程で林道は途切れシングルトラックになったのですが、倒木やら何やらで進むのが大変でした。少々ビビりながらも見知らぬ道を進む興奮が3人を押し進めたのでしょう。
道は尾根に達し、目の前には広大なゴルフ場が広がっておりました。まったく知らない土地を見て、何ともいえない達成感が胸に広がったのを覚えています。
これが全ての始まりだったように思います。
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(写真はイメージです)
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