2009年 07月 29日 ( 1 )

夏のエッセイ〜Part 3〜

そんなこんなで、毎年由良浜の民宿に海水浴に行ってましたが、ある年、父ちゃんと母ちゃんが喧嘩したかなんかの理由で、父ちゃんは車で、母ちゃんと僕と弟は列車旅で行こうという話になったことがあります。あれ?姉ちゃんはどっちに着いていきよったんやったっけ?たぶん車やな。。。。

何しか、僕は、往復の切符を買いに日本交通公社へ走ったわけです。
当時の山陰本線には、特急あさしおを筆頭に急行丹後やらが走っていました。でも、僕が狙ったのは臨時の丹後。何時の時代もそうですが、臨時列車はぎりぎりになっても意外に空いてたりなんかします。思惑通り、往復の列車の切符をゲットして、僕らは由良浜へ列車旅することになったのです。といっても、覚えていることはそんなに無いのですけどね。

当日、京都駅に降り立った僕らを待っていたのは衝撃の事実でした。
何と“僕らが乗る丹後51号は2番線から発車する!”
解説しておきましょう。京都駅の山陰本線のホームは1番線に間借りしたようなホームで、山陰線の列車はほぼこのホームから発車していました。これ以外のホームから山陰線に入っていく列車といえば、超優等列車、子供たちは羨望のまなざしで見る東京発のブルートレイン寝台特急出雲のみ!この事実は“超”付きの衝撃感動です。
しかも入線してきたのは、定期列車のDCじゃなくてDD51牽引の12系客車!急行用とはいえブルートレインです。興奮のるつぼですがな!かなり興奮した僕は、一生懸命母ちゃんに説明したけど、放置されたように思います。思うに、臨時急行の12系は向日町運転区からの車両で、東海道本線を西から上ってくる場合は山陰線ホームに直接は入りにくく、こういう事になったんだろうなあ。。。。
その後、冷凍ミカンやお弁当やなんかを買って乗り込んだんでしょうけど、僕はそれより何より、あのかわいいお茶の容器に釘付けでしたわ。何はともあれ、丹後51号は1日に何回使われるかわからない渡り線を経由して山陰本線に入り、一路丹後へ向かうわけです。
今では嵯峨野観光鉄道のトロッコ列車が走る旧線を経由して、亀岡へ向かいました。未乗区間はいつの時代も興奮でした。亀岡、園部と走って、綾部と西舞鶴でスイッチバックする列車に母ちゃんはびっくりしてたっけ?由良川鉄橋を渡って、僕らは民宿の最寄り駅、丹後由良に降り立ちました。
申し訳ないですが、初めて降り立った丹後由良駅の情景はまったく覚えていません。気持ちは既に海遊びに向かっていたのでしょうね。

さてさて、海で遊んだ僕らは、帰路再び臨時急行丹後の車上の人となるのですが、国道から少し入ったところにある丹後由良駅へ向かう道は結構覚えています。セミのうるさい道を母ちゃんと弟とで汗を流しながら歩きました。熱い日差しが容赦なく降り注ぐ道の先に丹後由良駅がありました。駅前は広場になっていて、広場の真ん中に大きな木が立っていたように思いますが、ローカル駅ではどこもそんな感じやからなあ。。。。向かって右手に雑貨屋がありました。ここで漫画だのおやつなんかを買い込んで、帰りの丹後に乗りました。車両はやっぱりDD51に引かれる12系でした。あんなに熱かったホームから、車内に入った瞬間、冷房の冷気がほてった身体を冷やしてくれました。
来たときと同じ西舞鶴と綾部で2回方向転換したはずですけど、寝てたんだろうねえ。。。京都からは奈良線に乗って帰りましたが、まだ電化もされていない時代のローカル線で冷房はありません。ものすごく暑かったような記憶が。。。。



この夏、僕は少年に戻りに行く!

けど、天気が。。。。
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by tamz_ortho | 2009-07-29 09:01 | | Comments(6)