自宅に3本ローラー?

ここんところローラーネタは出してませんでしたが、店でひたすらストイックに漕いでましてん。
明日は店はお休み。明後日は僕がダメなので、今日は借りてきてしまいました。
今日も店ですでに30分乗ってきたんですが、家帰ってきてからももう30分。
けど、さすがに3本ローラーは滅茶苦茶に響きますね。。。。
これは夜中には出来ません。。。。

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現在、体脂肪率9.7%ですが、体重63.7kgとちょっと体重が減ってしまっています。ここんところよくお腹が空いてしまいます。というか、燃費が悪いです。だからといって仕事中はなかなか食べれないし困ります。。。
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津風呂湖で転んだ先輩が復活した。自転車も新しくなったようで見に行くと、何とエンペラーロードレーサー!なんか丸石にこだわるもんでもあるんかいな?先輩曰く“ダートを走ることは絶対にないから、舗装路ならいくらギアが重くてもこっちの方が絶対楽なはず!”。さすがわかってるう。
で、何処へ行きましょうか?と相談の結果“北山行こうぜえ”ということになった。コースは花脊峠を越え、周山〜栗尾峠〜笠トンネル、杉坂から京見峠で帰ってくるという定番コース。京都産大の横から鞍馬街道を北上するが、先輩は遅れ気味。さすがにギア比の関係上きついのだろう。ま、鞍馬を過ぎると道を間違う場所もないのでそのままちぎり捨てて登った。サイスポか何かに花脊峠直下の湧き水の記事が出ており、そこまで何とか休憩なしで登った。さすがに冷たくて美味しかったのを覚えている。どのくらい待っただろうか、先輩が登ってきた。しばらく休憩して出発しようとすると先輩の後輪がパンクしている。うへえ〜チューブラーじゃん!どないすんのかなあと思いきや、チューブラーが何たるかも知らなかったようでスペアタイヤも持たずに来たらしい。当時は僕も若かった。“ちょっと町まで下りて買ってきますわ”と丸太町のプロショップへ。安いタイヤを3本ほど掴みリムテープと共に店を出た。タイヤ3本を襷掛けし、再度花脊峠にアタックする。先輩大分待ってるやろうなあと随分急いだ記憶がある。ヒイヒイ言いながら着くと先輩曰く“遅かったやないか!”
こ、こ、この野郎。。。
とりあえずタイヤを貼り替え、花脊峠を越えた。ここから周山までの記憶がない。
周山から栗尾峠を越えたが先輩が遅れた。先輩の到着を待って出発し笠トンネルへ。やはり先輩が遅れ気味。トンネルを抜けたところで待つ。到着を待って出発し京見峠へ。ここでもやはり先輩は遅れた。頂上で待つこと10分ほど。ヨタヨタと先輩が登ってきた。出発しようとすると“待てええ〜〜〜”と先輩叫ぶ。先輩曰く“さっきからお前は休んでるけど、俺は一回も休んでないんじゃ!ちょっとは休ませろ!”。。。おお、そういえばそうだった。帰りに市内の同級生(同じクラブなので先輩も知っている)の家に寄った。両親は“何!自転車で来たって?”とえらい感動してくれ、晩飯を食っていけということになったような記憶がある。先輩はかなり疲れていて、その同級生の御父様に車で自宅まで送ってもらわはったんじゃなかったっけ?申し訳ないがよく覚えてない。僕は、初めての雨中夜間走行で、自宅へ。
ともあれ、この先輩とのツーリングはこれが最後で、先輩は受験生になり、大学へ進学した後は車狂いになってしまった。
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(写真はイメージです)
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久しぶりにええ酒飲みました。。。。

まずは、僕を日本酒の境地に引きずり込んだと行っても過言ではない、“清泉 亀の翁”
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これって、“夏子の酒”の、モデルなんよね。。。。
幻の酒米といわれた亀の尾(ドラマでは龍錦でしたね)という品種を二年掛かりで復活させて造ったという酒です。新潟の酒にありがちな“水のようにすっと飲める”のに、後々まで印象に残る味が好きです。端麗なのに、旨口なのです。

多分この店でしか飲めないです。。。生駒市壱分インター下の“くしおう”。。。串揚げ屋さんです。
マスターは下戸なので減りません。。。(笑)

次なる一品は、“十四代”この十四代を造っている山形の高木酒造さんは、杜氏制を布いていませんで、社員一同丹精込めて造りに励んでいるとか。。。とにかく、“十四代”はどのグレードも旨いです。
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ちなみに、この他も“浦霞”や以前は“洗心”とか“得月”なんていう、かなりレアなのも置いてましたが、今は置いてません。。。。僕は基本的に“亀の翁”と“十四代”があればいいです。
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Part 3 はブレーキの話から。

ブレーキは、やはり定番のマファッククリテリウムを使おうと思いましたが、フロントだけは効きの良いディオーレDX+ディオーレXTのシューにしてあります。
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後ろはよく見えるし、デザイン的にもマファッククリテリウムを使いましたが、これが意外に効きますねん。いっぺんフロントも変えたろうかなとか思っています。
とりあえずは、プレス痕とかは全部落として、思いっきりバフがけしてます。
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サドルは、イデアル90ですが、マニア受けするビンテージモデルじゃなくって、最近の復刻版です。鋲に刻印もないし、ネームプレートもないですが、ダニエル・ルブールのサインはしっかり入っています。ユーラシアをレストアしたときから使っていますので、だいぶん年季が入ってきてええ色になってきました。ただ、最近ちょっとふわふわするかなという感じなので、増し締めの時期なのかもしれません。ピラーは語るほどのことでもない、SRサカエのP3です。ユーラシアに着いていたやつで、本当は、サンプレックスとか着けたいですが、僕にはまだ早いです(悲)。
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ハブは前後デュラエースのラージフランジです。お店から引き取ったときは後ろはデュラエースEXだったんですが、ランドナーにスモールフランジは何となく似合わないので、オークションを眺めていたら、後ろだけ出品されていまして、結構格安で買えてしまいました。カセットコグもデュラエースです。
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ブレーキレバーはサンツアーシュパーブプロを使っています。買った当時はふわっとした天然ゴムのパッドやったんですが、今のはもう全部黒い合成ゴムのパッドになっています。天然ゴムは確かに腐ってくるとネチャネチャするしイボイボが出来ますが、再販されへんかなあと思いますね。けどこの黒いゴムももうなかなか手に入らなくなってきているので、この間5セットほど買っておきました。多分一生いけると思いますが。。。
ハンドルバーはアイズバイシクルオリジナルのランドナーバーです。フロントバックを着けた状態で、ブラケットを握っても親指がバックに当たらないように幅の広いのを着けましたが、下バーを持つとさすがに広すぎです。機会があったらマースバーに換えるかもです。。。
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ステムは、日東のパールで、見ての通り11cmと長いです。皆に“ランドナーは9cm越えたらあかんやろ!”等とけちょんけちょんにいわれますが、もう開きなおりました(笑)。でも、この長さがバックを着けたときにちょうどなんですけど。。。もし9cmとかを使うなら、バックはベルトでバーにしっかり着けられずに、クイックデバージョンは必須になっちゃいます。あれって、機能的にはアップバーも持てていいなと思いますが、バックに穴を開けるのでちょっとなあという感じです。
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はあ、何でもいいですが、ちなみにアルミボトルもゼファールソリブロックのポンプもベコベコです。。。。はっきり言ってポンプは飾りですけど。。。。

おわり
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# by tamz_ortho | 2007-03-30 00:51 | ケルビム
中学高校のクラブの先輩の家に遊びに行った時に、玄関横の物置におかれている1台の自転車が目に入った。エンペラースポルティフ。“いいのもってんじゃん!”とツーリングに誘った。
朝5時半に待ち合わせをして、延々走る走る走る。休憩もせずひたすら走る。明日香村で朝食のためやっと停車。目的地の津風呂湖まであと少し。芦原トンネルで行くか、芋ケ峠で行くか悩んだような気もするが、結局トンネルで行った。下りで先輩のブレーキが効かず、信号待ちの車の列の右に避けていったのを見て大笑いしたのを覚えている。(とても危なかったのですけどね。。。)一登りして、津風呂湖畔に着いた。ダムの縁で昼御飯にしたようなしてないような。多分したんだと思うのだが、このあとの大事件のため全く記憶にない。
ダム周回路を快走していたのだが、ある橋を渡ったとき“グワ〜ン!”という衝撃が。。。ハッと後ろを振り返ると、ポテチになった先輩の自転車の前輪がヒュワンヒュワンヒュワンと転がるのが見えた。要は先輩はハンドル操作を誤って、橋の欄干に激突したわけ。先輩に駆け寄ると、“痛ってえ〜〜!”と一言。体は大丈夫のようだが、自転車はトップチューブ&ダウンチューブとも曲がってしまっている。完全にポテチになってしまったホイールと共に、今だったら完全に諦めるところだが、その時は何とか直してみようと思い、フォークを引っ張ってホイールの干渉を取り、ポテチになったホイールもエイヤっと踏んで修正したあと一生懸命振れ取りをした。なかなかブレーキシューとの干渉が取れずに困ったが、やっとこさ乗れるようになった。かなりふらつくが何とか走れそうにまで回復させたのであるが、先輩曰く“こけたときに打った腰が滅茶苦茶痛い。せっかく直してもらって悪いけど、走れない”。ちょうど、近所の民宿に営業に来ていたトラックに頼んで橿原神宮まで乗せてもらうことになり、先輩とはここでお別れ。僕は一人で帰宅の途へ着くことになった。津風呂湖から北へ進むのには芋ケ峠を使った。夕暮れの迫る峠のつづら折れをひたすらに登る。“あのカーブを曲がれば。。。”と思うのは峠越えの常だが、この時以上に切実に思うことはこの先もないだろう。石舞台の上に下りてきたときに見たきれいな落陽は美しさと共に淋しいイメージだった。
走行距離は167km。あれから25年程経つが、未だこれ以上の距離を走ったことはほとんどない。
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(写真はイメージです)
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